■ オリンピック
■「スエマエ」と記号化
バドミントンの末綱聡子・前田美順ペアが4位入賞しました。
「スエマエ」という愛称がついていますが、何となく語呂の悪さが目立っています。「オグシオ」がいるからという理由で安易につけたのがバレバレです。
いつごろから「スエマエ」と呼ばれたのか定かではありませんが、五輪開催前の7月17日のスポーツナビに「スエマエ」の愛称で記事になっているので、まあバドミントンの女性ペアは苗字の2文字を取ればいいじゃん、っていう風潮が全体的にあったのでしょう。バドミントン=「オグシオ」みたいな雰囲気がありました。ビーチバレー=「浅尾美和」っていう雰囲気もあると思います。
「スエマエ」という愛称がついていますが、何となく語呂の悪さが目立っています。「オグシオ」がいるからという理由で安易につけたのがバレバレです。
いつごろから「スエマエ」と呼ばれたのか定かではありませんが、五輪開催前の7月17日のスポーツナビに「スエマエ」の愛称で記事になっているので、まあバドミントンの女性ペアは苗字の2文字を取ればいいじゃん、っていう風潮が全体的にあったのでしょう。バドミントン=「オグシオ」みたいな雰囲気がありました。ビーチバレー=「浅尾美和」っていう雰囲気もあると思います。
■NBAとメジャーリーグ
$160,552,278 (1億6055万2278ドル)
1ドル=100円とすると、160億円ぐらい?
これは北京オリンピック・バスケットボール米国代表選手の総年俸です。
巨人のラミレスが5億円ですから、ラミレスが32人雇えますね。
代表選手はウィキから、サラリーは英語サイトから抜粋しました。一応全員見てみると
コービー・ブライアント $21,262,500
レブロン・ジェームス $14,410,581
クリス・ポール $4,574,189
ジェイソン・キッド $21,372,000
マイケル・レッド $15,780,000
ドゥウェイン・ウェイド $14,410,581
デロン・ウィリアムズ $5,069,448
カーメロ・アンソニー $14,410,581
テイショーン・プリンス $9,500,000
カルロス・ブーザー $11,593,817
クリス・ボッシュ $14,410,581
ドワイト・ハワード $13,758,000
合計 $160,552,278
っていう感じです。ちらっとテレビを見たらやけに有名人が多かったので気になって調べてみました。一方で野球についてはメジャー選手の参加は禁止されているとか。両スポーツの本気度の違いが伺えますね。
1ドル=100円とすると、160億円ぐらい?
これは北京オリンピック・バスケットボール米国代表選手の総年俸です。
巨人のラミレスが5億円ですから、ラミレスが32人雇えますね。
代表選手はウィキから、サラリーは英語サイトから抜粋しました。一応全員見てみると
コービー・ブライアント $21,262,500
レブロン・ジェームス $14,410,581
クリス・ポール $4,574,189
ジェイソン・キッド $21,372,000
マイケル・レッド $15,780,000
ドゥウェイン・ウェイド $14,410,581
デロン・ウィリアムズ $5,069,448
カーメロ・アンソニー $14,410,581
テイショーン・プリンス $9,500,000
カルロス・ブーザー $11,593,817
クリス・ボッシュ $14,410,581
ドワイト・ハワード $13,758,000
合計 $160,552,278
っていう感じです。ちらっとテレビを見たらやけに有名人が多かったので気になって調べてみました。一方で野球についてはメジャー選手の参加は禁止されているとか。両スポーツの本気度の違いが伺えますね。
■聖火リレーに見る「スポーツと政治」後編
前回のあらすじ
聖火リレーの騒動に「政治とスポーツを区別するべき」という意見があったけど、誰のために区別するべきなのか、モヤっと感が残ったのだった。
今回のエクストリーム聖火リレーで言う「政治とスポーツ」には、肝心の選手がいません。
マラソンの野口とか水泳の北島とかいたんだっけ?でも語弊があるかもしれませんが、あの場所では欽ちゃんと同じ、有名人としての意味合いが大きいと思います。
聖火リレーでは、選手とは全く関係のないところで、「政治とスポーツの区別」が語られています。
僕が覚えた違和感はここだと思います。
選手ではなく、騒動それ自体を抑制するために「政治とスポーツの区別」が用いられているところです。
選手がいなければ、それはスポーツではないと思うのです。
誰のために、何のために政治とスポーツを区別するのか。そこには守るべき選手がいません。
聖火リレーの騒動に「政治とスポーツを区別するべき」という意見があったけど、誰のために区別するべきなのか、モヤっと感が残ったのだった。
今回のエクストリーム聖火リレーで言う「政治とスポーツ」には、肝心の選手がいません。
マラソンの野口とか水泳の北島とかいたんだっけ?でも語弊があるかもしれませんが、あの場所では欽ちゃんと同じ、有名人としての意味合いが大きいと思います。
聖火リレーでは、選手とは全く関係のないところで、「政治とスポーツの区別」が語られています。
僕が覚えた違和感はここだと思います。
選手ではなく、騒動それ自体を抑制するために「政治とスポーツの区別」が用いられているところです。
選手がいなければ、それはスポーツではないと思うのです。
誰のために、何のために政治とスポーツを区別するのか。そこには守るべき選手がいません。
■聖火リレーに見る「スポーツと政治」前編
[区別の理由]
最近、スポーツと政治は区別するべきだという意見を目にすることが多いのですが、何か変なもやっとした感じがするなあと思ったのでネットを見てみたら哲学的、社会学的にスポーツと政治について触れていらっしゃるブログがありました。
松尾光太郎 de 海馬之玄関BLOG
これだけ立派な記事が先にあるなら・・・と思いましたが、まあいいか。
みんなでいろんなことを言えるのがネットのいいところだよね。
「スポーツと政治は区別するべき」という意見は、確かにほとんど正しいと思います。
そういうことを思う理由になったのは、皆さんご存知、今やXゲーム以上に世界が熱狂するエクストリーム聖火リレーが発端です。しかし、長野の聖火リレー騒動における「スポーツと政治は区別するべき」という言葉には、どこか違和感を覚えました。
そもそも何故スポーツと政治を区別するべきなのでしょうか、目的は何なのでしょうか。
最近、スポーツと政治は区別するべきだという意見を目にすることが多いのですが、何か変なもやっとした感じがするなあと思ったのでネットを見てみたら哲学的、社会学的にスポーツと政治について触れていらっしゃるブログがありました。
松尾光太郎 de 海馬之玄関BLOG
これだけ立派な記事が先にあるなら・・・と思いましたが、まあいいか。
みんなでいろんなことを言えるのがネットのいいところだよね。
「スポーツと政治は区別するべき」という意見は、確かにほとんど正しいと思います。
そういうことを思う理由になったのは、皆さんご存知、今やXゲーム以上に世界が熱狂するエクストリーム聖火リレーが発端です。しかし、長野の聖火リレー騒動における「スポーツと政治は区別するべき」という言葉には、どこか違和感を覚えました。
そもそも何故スポーツと政治を区別するべきなのでしょうか、目的は何なのでしょうか。




